日本人初100m9秒台達成の影には、選手に合わせた特注スパイク作りチームと熱いトレーナーたち、そしてかつて9秒台に最も近いと言われていた選手の2年間に及ぶかけがえのないドラマがあった。

~イントロダクション~

日本人初100m9秒台達成の影には、選手に合わせた特注スパイク作りと熱いトレーナーたち、そしてかつて9秒台に最も近いと言われていた選手の2年間に及ぶかけがえのないドラマがあった。

モーサテ商事スポーツ用品事業部のカスタム生産部。チームリーダーの〔小山田〕に下った辞令は「9秒台達成に貢献せよ」。

10秒01という日本歴代2位のタイムを持つ大学陸上部の学生アスリート〔桐 原〕に、夢の9秒台突入の期待が日本中からよせられていた。

スパイクが足に合わなければ選手のタイムは落ちる。又、特注スパイクを巧く作ることでタイムを縮める環境を選手に与えることができる。そのためにスパイク職人たちは不眠不休の努力を惜しまない。

桐原からの依頼は、「裸足で走るようなスパイク」「皮膚のようなスパイク」

このリクエストと独自のマキシマムスピードデータを頼りに小山田チームの特注スパイク開発が今夜も続く・・・